

エヴァンスはそれまでも何度かソロ・ピアノによるレコーディングをしてきましたが、いずれも出来は芳しくなく、未発表に終わっていました(トリオ・アルバムに収録されたものは除く)。リヴァーサイドとの契約はまだ残っていましたが、新天地ヴァーヴでは、すでに62年の夏にはフライング気味に『エムパシー
ソロ・ピアノといっても、CD から聴こえてくるのは、明らかに複数のピアノの音です。手数が多いとかそういうことではなく、左、右、そして真ん中に3台のピアノが配置してある。エヴァンスが一人三役をこなして多重録音したからです。
まず、基本のトラックを録音する。次に、そのトラックを聴きながら2トラック目を録音する。さらに、最初の2つのトラックを聴きながら3トラック目を録音する。文字どおり『自己との対話』によって、この作品は完成しました。
ロックやポップスならいざ知らず、瞬間芸術のジャズの世界でマルチ・トラックを使うのはどうなの? 一発録りこそジャズ・レコーディングの王道じゃないの? という疑問もわきますが、オーヴァー・ダビングという手法自体は(少なくとも現在は)珍しくもなんともありません。問題なのはむしろ、多重録音がエヴァンスの音楽性を表現するうえで最適な手法なのかだと思うのですが、結果として、この作品は、エヴァンスにはじめてのグラミー賞をもたらし(1963 Best Instrumental Jazz Performance - Soloist Or Small Group)、当時アメリカでもっとも売れたエヴァンス盤となったそうです。
ただ、個人的には、この作品はさほど聴くことはありません。試みとしてはおもしろいのですが、耳のやり場に困るというか、意識があちこちに拡散して、どうにも落ち着かない。それこそ、エヴァンスが「自己との対話」に没頭するあまり、他者を疎外しているというか、こちらに向かって語りかけてこない気がします。
とはいえ、エヴァンスの多重録音路線はこれで終わらず、67年の『続・自己との対話
このアルバムでは、珍しくモンクのオリジナルを2曲、エヴァンスお気に入りの〈スパルタカス愛のテーマ〉(スタンリー・キューブリック監督の映画『スパルタカス
唯一のエヴァンス自作曲〈N.Y.C.'s No Lark〉は、この録音のわずか3週間前、1963年1月13日に亡くなったピアニスト、ソニー・クラーク(Sonny Clark)を追悼した曲で、彼の名前のアナグラムになっています(もちろん NYC もかかっています)。
でも、なんでエヴァンスがソニー・クラークなんでしょう? 2人に接点はあったのでしょうか? 『季刊ジャズ批評110 ソニー・クラーク』には、高木宏真さんの「ソニー・クラークとビル・エヴァンス 接点はどこにあるのか?」というそのものずばりのエッセイが載っていますが、真相はわからずじまい。残念!
Bill Evans "Conversations With Myself"
(Verve V/V6 8526)
Bill Evans (piano)
Produced by Creed Taylor
Recorded by Ray Hall
Recorded in NYC; February 6 (#7), 9 (#1, 2, 5, 6, 8), May 20 (#3, 4), 1963
[Tracks]

01. 'Round Midnight Thelonious Monk, Cootie Williams (music) / Bernie Hanighen (lyrics)
02. How About You Burton Lane (music) / Ralph Freed (lyrics)
03. Spartacus Love Theme Alex North (music)
04. Blue Monk Thelonious Monk (music)
05. Stella By Starlight Victor Young (music) / Ned Washington (lyrics)
06. Hey, There Richard Adler, Jerry Ross (music and lyrics)
07. N.Y.C.'s No Lark Bill Evans (music)
08. Just You, Just Me Jesse Greer (music) / Raymond Klages (lyrics)
[Links: Bill Evans]
The BILL EVANS Webpages
Bill Evans's Discography
Bill Evans Discography Project (@ Jazz Discography Project)
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